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なぜ面白いのか

見たもの触れたものを保存しておく場所

なぜ書くのか

今週のお題とやらが興味深かったのでわたしも参加してみることにする。

とはいえ、わたしがブログを書こうとした理由については「はじめに」でほぼすべて書いてしまっているため、詳しくはそちらをご覧くださいの一言ですんでしまう。

(このブログを訪れるのはこの記事が初めてだという人のために書いておくと、ここはわたしが見たドラマや小説などの感想置き場で、テーマは今のところ海外ドラマ、ドキュメンタリーに偏っている)

要するに「書きながら自分の考えを整理する」ことと「後で読み返せる状態を作っておくことによって自分の受けた刺激を再喚起させる」ことがブログを書く主目的だ。

しかし実際に一か月あまりブログをやってみて、新たに考えることもあった。

今日はそれについて書いてみたい。

 

 

「はじめに」にも書いたように、このブログは第一にわたしのために存在している。

感じたこと、考えたことをまとまった形で書き残すという行為は当初思っていた以上に面白いもので、今のところ書きたいことが尽きる様子はない。

ブログを始める以前はtwitterでぽつぽつと見た作品についてツイートすることはあったが、twitterでは発言がどんどん流れていってしまうため、このように簡単に読み返せる形で感想を保存・公開できるのが嬉しい。

 

だが文章を公開し、わたし以外の誰かが読みに来た時点で、それは完全にわたし一人のものではなくなる。

わかりきったことではあるが、実際にここ数週間、わたしの予想をこえて閲覧者数が増えていく(といっても微々たるものだ)のを見ていてようやくそれを実感しつつある。

このブログを訪れた人が何を求めていたのか、求めるものがあったのかはまったく不明である。

しかしいずれにしてもわたし以外の誰かがこのブログを訪問し、おそらく記事の一部または全部を読んだであろうことをわたしは知っている。

こうなると「わたしのため」と言いつつ、記事を書きながらある程度は読者のことを考えてしまう。

もし自分がドラマのタイトルや登場人物の名前でブログを検索するなら、何を知りたい・読みたいだろうかということを多少は考えながら書くようになった。

(大きく分けるとこれから見ようかと検討しているドラマについてのネタバレなしの評判調査と、自分にとって共感できる感想探しであろうと考えている)

せっかく気に入ったドラマについて書くのである(「はじめに」にも書いたように、このブログで扱う作品は基本的に「面白い」と思えたものばかりだ)。

できればほかの人にもその作品を気に入ってもらえれば嬉しいし、あわよくばその作品の面白さについてほかの人と語ってみたいとも思っていたりする。

 

そんなことを考えていると、「極力客観性を排し、わたし個人の主観的な感想のみを書きたい」という当初の目標はやや薄れてしまった感がある。

できるだけ主観的に、抽象的に書きたいとは思っているのだが、それだけでは伝わりにくいだろうとも思うからだ。

自分のためにやっていることなのに、なかなかままならないものである。

 

一つ気をつけているのは、このブログでは「わたしの好きなこと・もの」については大いに語っているが、その「わたし」というキャラクターについてなるべく説明をしないということだ。

わたしがどこの何者で、ブログを書いてないときは何をしているのかということについて、ここではあまり語らないようにしている。

ブログを継続して読んでくれている人がいるとすれば、その人にはなんとなく「わたし」というキャラクターのイメージができあがっているかもしれない。

そのイメージがどれくらい現実のわたしと重なっているか、あるいは重なっていないかについては多少興味がある。

ぴったり言い当てられてしまったらそれはそれで怖いのだが。

ここ以外の場所ではわたしの持つ属性とわたしの文章を完全に切り分けて読まれることがないため、「わたし」のことを知らない人がわたしの文を読んだときにどう感じるものなのか、想像するのは愉快である。

 

このブログが一年、二年と続いていくのなら、その時点での「ブログを書く理由」は変わっているかもしれない。

それはそれで、その時点でこの記事を読み返す行為はわたしにとって刺激になりそうだ。