なぜ面白いのか

見たもの触れたものを保存しておく場所。映画、ドラマ、ゲーム、書籍の感想や考察。

自由な楽器とその奏者「ハンニバル」キャラ語り03

今日はやっとというか、満を持してというか、「ハンニバル」作中でわたしの好きなシーンを含むキャラ語りをしてみたい。ドラマを見ていて初めて、わたしがレクター博士に「共感」(あるいは「同調」と言うべきか)できたと感じた、記念すべきシーンである。

以下ネタバレ注意。

 

ハープシコードのチューニング

その好きなシーンとは1-8(フロマージュ)の終盤、トバイアスを殺した直後。真っ先にレクター博士が何をしたか覚えているだろうか。

例の鹿の置物でトバイアスにとどめを刺したあと、ハンカチを胸にしまい、足を引きずって歩いていったと思ったら、すぐにハープシコードで「ゴルトベルク変奏曲」を弾き始めたのである。

これ、博士はバイアスに弦を張り替えてもらったばかりのハープシコードのチューニングを確認しているのである。少なくともわたしは真っ先にそう感じた。そして、真っ先にそう感じた自分にびっくりした。たぶん、わたしが博士と同じ立場でもそうすると思ってしまったからだ。

だって自分の信頼する職人さんに特製の弦を張ってもらったばかりなのに、すぐそばでドシンバタンと格闘なんかしちゃって、調弦が狂ってしまったり、最悪弦が切れていたりしたら大ショックではないか(ハープシコードって調弦が狂いやすいし)。しかも肝心の信頼する職人さんはそこで死んでいるわけで、弦を張り替えてもらおうと思ったら別の人をまた探さなければならない。

人を二人殺したことよりも、ハープシコードの弦の方が大切。それはある意味でバイアスへの敬意を示していることにもなる。彼の本職における仕事ぶりの描写は本編にはあまりなかったが、調弦後に博士がご機嫌でディナーを振る舞っているところを見ると、満足いく仕事をしてくれたのだろうと思われる。そんな大事なハープシコードで、博士はこれからも曲を紡いでいくのだ。

 

バイアス

というわけで、本日はトバイアスについて語ってみたい。彼とペアリングされているフランクリンについての記事はこちらから

彼はウィルと博士への最初の当て馬にして、(ドラマ上では)最初に博士を殺そうとした人物だ。トバイアスとレクター博士の初見での通じ合い方は、他の追随を許さない。ウィルをはるかに凌ぐスピードで両者は互いの性質を見抜いた。これは「共感能力」ではなく、単に二人が同類だったからなのだが。世界観を同じくする者同士だけが感じる波長があるのだろうか。博士の場合、血の匂いをかぎわけた可能性もある。

 

レクター博士はフランクリンから話を聞いてトバイアスの店に単身乗り込んだが、このときすでに双方とも殺意があったと思われる。

博士はビニールスーツこそ着ていないものの、ドアについていた鈴が鳴らないように注意していたし、手袋もきっちりはめている。トバイアスの方は、博士を殺して腸を弦にするつもりだっただろう。

双方なぜこの時点で殺さなかったかと言えば、博士の方はトバイアスの作品たちを見て自分のハープシコード調弦をしてもらいたくなったから。トバイアスは博士の音楽観に共感できたから。それぞれ「もう少し生きていてもらいたい」と感じたのである。おかげでトバイアスの寿命は少しのびた。

ただしトバイアスの殺意は、博士の家に調弦に来た時点では一旦薄れていただろう。「あなたを殺そうと思っていた」と過去形で語っているからだ。この時点での彼の望みは、自分と同じ世界観を持つ博士と友達になること。

でも、博士はそれを拒絶した。博士の興味はウィルに向かって一直線だったから。うーん、残念。ならやっぱり殺しておこうか。というところに、いいタイミングで「アラーナとキスした」ウィルが報告にくるわけだ。

 

博士はなぜトバイアスを殺そうと即決したのだろうか。このとき博士はウィルをどう導いていくか、FBIとどんなかけひきを展開するかに夢中であり、そんなときに一瞬で自分の正体を見抜くようなキャラの存在は邪魔だった、というのが答えだろう。

また博士はなぜトバイアスと友達になれなかったのだろうか。ウィルとの違いは何だったのか。トバイアスの方が、博士に近い性質や嗜好を持つのは明らかだ。音楽が好きで作曲もするし、服装も洗練されているし(蝶ネクタイの柄はすごかったが。そして博士の家に来たときのネクタイは水玉=フランクリンと似ている)、人間は食材ならぬ楽器に見える。ただ、彼に干渉して変化を愉しむ余地はあまりないと思われる。ここがウィルとの決定的な違いだ。

S1時点でのウィルは、まださなぎにもなっていない蝶だ(「羊たちの沈黙」にならって蛾と言ってもいい)。これからどんな蝶に育つのか、いろいろな餌をやり、いろいろな環境に置いて試したくてたまらない。

ウィルの面白さは誰の視点にでもなれるところ。

演奏前にチューニングしておく鍵盤楽器だけでもなく、キーやピストンのある管楽器だけでもなく(これが一般人)、音程の自由な弦楽器、トロンボーンテルミンだけでもなく(これがトバイアスであり、博士もトバイアスの前ではこちら側の人間だと言ってみせた)、どんな楽器でも演奏できるところ。しかもまだ変化の余地を残している。このアドバンテージはそうそう崩せない。

わたしはS3のラストでウィルはひとまずの「完成」をみたと思っているが、誰の視点にもなれる共感能力は失われていないはず。ウィルと博士のこの先があるのなら、さらなる変化も見てみたい。