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友情と選択「刑事トム・ソーン」原作12巻 The Bones Beneath ネタバレ感想

エイダン・ギレン目当てでドラマ「刑事トム・ソーン」を見た。

ギレンさんはゲイの病理学者(検死もするよ!)フィル・ヘンドリクス役。

この役が、作画はいいし、作中での活躍っぷりも素晴らしいし、主人公トムへの秘めた片思いもほのめかされていたりと大変おいしかった。

どうやら原作があるらしいと知り、1巻だけ出ている邦訳版を読んでみた。

ドラマ版 sleepyhead とは展開も犯人も違って、二度おいしい話だった。

原作1巻のフィルくんは、眼鏡+ピアス8つ+タトゥー+ポニーテール+変な帽子を集めるのが趣味という、ドラマ版よりさらにパンチの効いた外見。トムより10歳年下。ギレンさんにその格好してほしかった。

2巻以降は邦訳はないのだが、どうやら12巻でフィルくんがトラウマを負うような事件が起こるらしい。

で、いてもたってもいられなくなってKindle版をポチったという次第である(外国語の本をKindleで買うのは初めてだったけど、その場で辞書を呼び出せるから読むのが楽だということがわかった)。

そうしたらもうこれがどストライクのお話で、フィルくんのシーンをもう何度読み返したことか。よくわからない言い回しも多々あったが、フィルくんのシーン以外は大体の流れさえ掴めればOKという緩い態度で読み進めた。

そんなわけでいろいろと誤解や誤読もありそうなのだが、たいへん萌えたのでそのへんを語りたい。全部ネタバレしているのでこれから読む方は注意。読む予定はないけどドラマ版フィルくんが好きで、あのあとどうなるの? と思っている方はうぇるかむ。

 

 

原作フィルくんの設定

1巻からさらに外見的変化をとげ、髪はスキンヘッドでボディピアスをしているらしい。

1巻ではフィルくんの外見が院内で疎まれていることが語られていた。もともとそういう状況だったところに、正規の手続きをとらずトムの頼まれごとを引き受けたのがきっかけで、医師審議会にかけられてしまう。

しかしその後もフィルくんは病理学者としてトムを助けてきたようだから、ここはなんとか切り抜けたものと思われる。

ちなみにフィルくんは原作1巻でトムに自分がゲイだということをカムアウトしている。原作が書かれたのが20世紀末だということを考えると(出版は2001年)、この当時のゲイを取り巻く環境は今と大きく違ったのだろうと思わされる。

またトムとは互いの家でしばしばサッカーを観戦する仲。

トムはトッテナム・ホットスパーFCのファン、フィルはアーセナルのファン。わたしはサッカーについてはさっぱりだが、どちらもロンドンのチームで、直接対決の試合は特別盛り上がるらしい。

おそらくトムとフィルも、両チームが直接対決する日はいがみ合いながらも盛り上がっているのではないだろうか。

なおトムの車はフォードモンデオ、フィルの車は日産マイクラ(日本でいうマーチ)。

 

The Bones Beneath あらすじ

Scaredycat 事件から10年。ドラマ版S2に登場したステュアート・ニックリンが、自分を逮捕したトムのことを忘れられず、一緒に遊びましょうとお誘いをかける。

25年前、少年時代のニックリンが殺したサイモンくんの死体の場所を教えるかわりに彼の出した条件とは、

1. 自分も一緒に死体のある島に行くこと
2. トムが島まで同行すること
3. 囚人仲間を一人同行させること

の三つ。

警察はこれを全部飲んで、トムとホランドと刑事数人、あと刑務所職員数人と古い骨の専門家を島に送る。

しかしこの島はかつてニックリンやサイモンくんが暮らしていた場所(少年たちを自給自足で生活させる矯正施設の一種だったらしい)。

地の利は圧倒的にニックリンにある!

携帯電話の電波は島のごく一部にしか届かない!

手玉に取られまくるトムたち!

予定調和的な悪天候!

無能がとどまるところを知らないトムの上司!(大体こいつのせい)

そしてついに起こる新たな殺人事件!

果たしてニックリンの目的は?

ていうかどう考えても脱獄が目的なんだけどその方法は?

 

ニックリンって死んでなかった?

わたしもあらすじを読んでまずそこがふしぎだったのだが、どうやら原作ではマーティンの方がニックリンに殺されて、ニックリンがトムに逮捕されたらしい。

そういえば sleepyhead も犯人が違っていたので、ドラマ版はかなり原作を魔改造したようだ。

今作では25年前のニックリンの回想や、母親にあてた手紙などもあり、彼のキャラクターがかなり掘り下げられる。

原作ニックリンは相当いいキャラで、読みながらこっちもギレンさん顔で想像してしまった。ほら、ギレンさんもよくシリアルキラー役をやるから、ああいうイメージで……。

 

デイヴ・ホランドの今

サラはドラマ通りホランドと不倫の後にニックリンに殺された。原作サラはアジア系ではなく、サラ・マカヴォイという名前。

ホランドがそのことを今どう思っているかも語られる。この場面はとてもよかった。

奥さんともなんだかんだでうまくやっていて、娘もだいぶ大きくなって、よい家庭人になったホランドくん。彼は「今の生活があるのは、ある意味ニックリンがサラを殺してくれたからなんですよね……」と自嘲ぎみに言う。すべきでないことをしてしまい、すべきだったことをしなかった自分をひどく後悔しているのがなんとなくわかった。

ドラマ版S2で好感度がうなぎ下がりだったホランドくんだが、原作12巻ではトムと安定した相棒ぶりを見せてくれていた。

まあ役に立ったかといえば、トムの雑談相手になったくらいであとは活躍する場面はなかったかな……。

 

監禁されるフィルくん

小説の冒頭で、男性が自宅のキッチンにいるところを若いカップルに襲われる。

彼はスタンガンで気絶させられ、気づいたら窓のない地下室にいた。鎮静剤を打たれて眠っていたせいで時間もわからない。ベッドの上にうつ伏せで寝かされ、口にはガムテープ、手足は手錠でベッドの四隅に繋がれている。

食事を与えられるときにガムテープを取られたため話せるようになったが、見張りは何を聞いても答えてくれない。

監禁から丸一日はたったかと思われた頃、カップルの女性の方がメスを持って彼の前に立つ。男は反対側に座っている。

「さて、今からあなたに傷をつけます」

ここまでが序章。

この時点でこの男性がフィルくんであることは読者には隠されているが、女性が持っているメスを見て「メスというのがどういうものか、彼は完璧に知っていた」と書かれているところで割と察せられるものと思われる。

 

「2日目」の冒頭は、序章のラストシーンからさらに一日半~二日たっている。

傷による熱と痛み止めのせいでぼうっとしながらも、彼は見張りの男とコミュニケーションをとろうとする。

「傷に空気が触れるようにした方が治りが早い」と言うと、見張りは彼の包帯を引き裂いた。冷たい空気に晒された傷が痛んで悲鳴をあげるフィルくん。それでも傷の手当てをして痛み止めを与えられている以上、連中は自分を生かしたいのだと推測する。

その後は「俺を生かしておきたいなら抗生物質をくれ」と訴える。なぜそれが必要なのかを滾々と説明するが、見張りは理解しないしするつもりもないらしい(ここの長台詞、ギレンさんで見たい)。

 

「3日目」の冒頭では、彼は思考するために痛み止めを断つ。薬が切れてくると思考がクリアになり、痛みのおかげで怒りを保つことができる。この状況と戦おうとするフィルくんがすごくかっこいい。

彼は見張りの男を「エイドリアン」と内心で命名し(フィルくんの嫌いな男の名前らしい)、果敢に彼を煽る。

イラついた「エイドリアン」はスタンガンをちらつかせ「お前のタマにこれを押しつけて揺さぶったらどうなるかな」ときた(しかもここ、主語が "we" なんですよ……)。それに対するフィルくんのリアクションは「たっちゃうかも」。フィルくん……。

精一杯強がっていたフィルくんだが、見張りが出ていくと激しい傷の痛みに襲われ、ここで死ぬのかと思い始める。

 

フィルくんは自分が何のためにさらわれたのか、何も説明されていない。そしてフィルくんがひどい傷を負ったことはわかるものの、具体的には何をされたのかも読者にはわからない。というか、このさらわれた男がフィルくんだということも3日目まで明言されない。それがわかるのは、トムのパートである。

 

ニックリンのねらい

ニックリンはこの旅で確かにトムとじゃれ合うのを楽しんでいたが、もちろん脱獄も目論んでいた。

手順はこう。

まずUKにおける伝説的シリアルキラーであるところのネームバリューを利用して(たぶん)ネットで協力者を集める(フィルくんをさらったのもこの人たち)。

もともと島の天候が不安定だということは、ニックリン自身が少年時代にそこに住んでいた経験からよく知っている。

死体の発掘に時間をかけ、海が荒れるまで帰還を引き延ばす。

天候だけにすべてをまかせるわけもなく、島と本土を渡してくれる唯一の船乗り一家を協力者が襲う。

運よく本当に嵐になり、島から出られなくなるご一行。トムは上司と連絡をとりヘリの要請をするが、無能オブ無能の上司は「一晩くらい島に泊まってから帰ればいいじゃん」とスルー。お前マジでこの一件の責任とれよ。

結局その晩は全員で島のコテージに泊まることに。

刑務所職員が「シリアルキラーと相部屋になるような給料はもらってない」というごもっともな主張をしたため、仕方なくニックリンとトムが相部屋に。ニックリン大喜び。隔離できるような部屋はないから、ニックリンは手錠でベッドで繋いでおくことに。

もう一人同行していた囚人のバチェラーさん(ニックリンの計画を知っており、事情があって協力している)が夜中に「おなかいたい……」と言いだして、刑務所職員二人と一緒に雨の降る中コテージ外のトイレへ。

バチェラーさんがトイレにこもっている間に、島にいたニックリンの協力者が刑務所職員を二人とも始末する(実はこの協力者は、25年前にこの島にいた少年時代からニックリンに協力していた殺し屋みたいな人。なんでこんなヤバいのが野放しなんだ?)。

協力者はバチェラーさんとともに島にある山の頂上を目指す。バチェラーさんの望みは、携帯の電波が届くという山頂から妻に電話し、「ごめんね」という言葉を残してから自殺することだった(ここにはめちゃくちゃ鬱度の高いエピソードがあるのだが、ここでは割愛)。

異常事態に気づいたトムは、別コテージにいるホランドくんを呼ぶ。自分はニックリンのそばを離れるわけにはいかないので、ホランドくんがトイレ前に倒れている二人&バチェラーさんの脱走を確認。だが職員の一人、ジェンクスはまだ息があるようだった。ホランドくんが無線でトムに報告。

トムはホランドくんに「バチェラーと協力者を追って山に向かえ、自分が電波の入る場所まで行ってヘリを呼ぶ」と指示。走っていくホランドくん。

ほかの刑事に無線で連絡しようとするトムに、ニックリンが「ジェンクスが助かるかどうかはともかく、もっと心配した方がいい人がいるんじゃないの~?」「きみの助けを待ってる人とかいない?」と意味深に言い、トムの行動を封じる。

ニックリンはトムに、島の教会まで走らせた。教会の祭壇にあるものを取ってこいと。

そこには封筒があった。封筒を持ってコテージまで戻るトム。

走るトムの考えていたことは、ヘレン(ここ10年の間にトムと付き合うことになった女性警官)とアルフィー(ヘレンの息子。トムにも懐いている)のことだった。

ニックリンの指示で封筒をあけると、中からチョコバーが4つ。「ふざけてんのか」と怒るトムに「これは俺の。まだ何か入ってると思うけど」とニックリン。

トムがもう一度中を確かめると、そこにはタオルに包まれた薄い何かが。

それは人間の皮膚だった。そこに広がる模様に、トムは見覚えがあった。

そのタトゥーが彫られたとき、トムはその場にいたのだから。

 

ここでやっとさらわれた男がフィルくんで、彼はトムに出す切り札としてさらわれたこと、彼の傷は背中のタトゥーを切り取られたものだとわかる。ちなみに切り取られた皮膚は15センチ四方だといから相当だ。

かくしてトムとニックリンは形勢逆転、「彼は生きてるのか?」と何度も問い詰めるトムに、答えをはぐらかすニックリン。トムの持つフィルくんの皮膚を見ながら「一応生きてはいるはず」と教えてあげる。でないと脅迫にならないし。

ここのトムの必死な問いと絶望感がね、いいんですよ……。「フィルの身に何か起こるようなこと、俺がするわけがない」と、ニックリンを逃がすつもりだと信じてもらおうとするところもいいんですよ……。

最初はニックリンの前でフィルくんのことを「ヘンドリクス」と呼んでいたのが、余裕がなくなりすぎて「フィル」になる瞬間がいいんですよ……。

トムはニックリンに言われるまま彼の手錠をはずし、今度は自分がベッドに手錠で繋がれる。うきうきとトムを殴るニックリン。

「自分が無事に島を出られたら、彼を解放するよう電話する」

という条件を示し、ニックリンはコテージを出ていった。

 

そんなわけで、ニックリンは脱獄成功!

トムたちが島を出て手当てを受けている頃、フィルくんも救出された。

再会の瞬間、互いの名前を呼んで涙が溢れる二人。このくだりもとてもいいから、できれば買って読んでください。

 

なぜニックリンはフィルをさらったか

大事なのはここ。

トム自身も「もっと心配した方がいい人」と言われて、まずヘレンとアルフィーを思い浮かべている。

単純に考えて、誘拐する相手を選ぶにあたり、成人男性よりも女性や子供の方が簡単そうではある。またトムとヘレンはこのときほぼ同棲状態だったこともあり、確かに真っ先に狙われそうなのは彼らだと思う。

なぜ「親友」ポジションであるフィルくんが狙われたのか。なぜあえて難易度の上がりそうなターゲットを選んだのか。

 

答えはニックリンの友情観にある。

彼にとって何よりも大切なのは「友達」だった。彼は結婚していたが、妻のことはひとつも思い出す様子がない(おそらく彼の妻は彼の友人との比較対象として出されたのだと思われる)。

Scaredycat では親友のマーティンを自分の手で殺した(たぶんドラマ版と逆の展開だと思われる)(原作2巻を読んでないから正確なところはわからないけど、ここの経緯もすごく気になる)。

【20180602追記:Scaredy Cat を読んだところ、実はマーティンはニックリンに殺されたのではなかった! ネタバレになるが、詳しいことは Scaredy Cat の記事をどうぞ!】

 

25年前は、この島の矯正施設で相部屋になり仲良くなったサイモンくんと一緒に島を脱出しようと計画していた。

サイモンくんは母親思いのいい子で(車泥棒で捕まったらしい)、母親が薬をやめて、ジャンキーな愛人と手を切ってくれることを願っていて、ニックリンと島を出たら実家で彼と一緒に暮らそうとまで思っていた。いずれは彼と二人暮らしをしてもいい、そうしたら毎日きっと楽しいと。

菜園で野菜の芽が出たことに喜んでいたサイモンくん。お母さんが好きだったヒマワリの花を育てようとしていたサイモンくん。

ちょっとした諍いから悪ガキがサイモンくんの野菜を踏み荒らしたときは、泣きそうになったサイモンくんに対して、ニックリンは「こっち向け。俺を見ろ」「あいつに泣いてるところなんか見せるな」「この先も、誰にも泣いてるところなんか見せるな」と声をかけている。ちなみに翌日悪ガキはナイフで刺されて死ぬわけだが、その犯人が例の殺し屋である。ニックリンに指示されたものと思われる。

ニックリンにとっても、サイモンくんは大事な友達だったはずなのだ。

そんなサイモンくんを、ニックリンは島を脱出する直前に殴り殺して埋めた。

理由は何も語られない。

この友情がずっと続くか不安で、失う前に自分で壊してしまえ的なやつではないとわたしは思う。

ニックリンにとって、親友とは殺すもの、なのだろう。彼の中でそういうふうに定義されているものというか。

もしくは、自分にとって親友とまで思えた相手を殺すときに感じる興奮や高揚感、その不可逆性や絶望感を何よりも愛しているとか。

サイモンくんが初めての相手だったのかもしれない。

「大好き」「ずっと一緒にいたい」と「殺したい」が重なったのは。

 

だから、なのだろう。

だからトムに対して人質をとるにあたり、フィルくんを選んだ。

自分にとってのサイモンくんを。

ガールフレンドなんて、ニックリンの眼中にはない。

トムが「親友」の危機にどんな反応をするのか見たかった。

どんな絶望を見せてくれるのか見たかった。

本当はフィルくんを殺したかったのだろう。フィルくんの死を知ったトムの顔が見たかったのだろう。

だけどそれでは交渉にならないし、自分が逃げたあとでトムがフィルくんの死を知るのでは、反応を見ることができない。だから今回はお預け。そういうことなのだと思う。

でも今回のことで、トムの弱点がフィルなのは完全にニックリンにばれてしまった。

おそらくニックリンが望む最高のシナリオは、トムの目の前でフィルくんを殺すこと。できればトムの手でフィルくんを殺させること。そして大好きなトムが絶望に堕ちるのを見ること。

バチェラーさんも、獄中でのニックリンくんの友人だったのだろう。彼の隠していた悲劇を打ち明けてもらえる程度には。だからバチェラーさんはニックリンの事件に巻き込まれ、死んだ。

ニックリンは本当はトムのことも殺してみたいけど、トムが警察にいてくれる限り今後自分が起こすすべての事件をトムと一緒に楽しむことができるので、まだ殺したくない(実際、トムが警察をクビにならないようニックリンが願っていたことは作中で明示されている。そのためにニックリンは、できるだけトムがあとで行動の正当性を示すことができるようなシナリオを用意したというわけ)。

トムは殺人犯に好かれやすい体質だとは思っていたが、これはガチのやつだ。

なにしろニックリン、ベッドに繋がれたトムのことをあとから思い出して自慰にふけってたからね!

彼の性的嗜好がどんなものなのかはともかく、この話を読む限り、ニックリンにとって大事なのは性愛よりも友情なのだろうとわたしは思う。だからこそフィルくんが選ばれたのだと。

いやあ、再登場が楽しみですなあ!

トムとフィルも今回でニックリンの志向を理解しただろうから、なんとか彼の裏をかくようなことをして生き延びてほしい。

Scaredycat から The Bones Beneath まで10年かかったわけだが、もう10年待たないといけないとか勘弁してくださいビリンガム先生

 

後日談

助け出されたフィルくんは入院は免れたものの、しばらくは病院と家を行き来するだけの生活が続く。皮膚の移植は簡単ではない。治療は長くかかりそうだ。

家ではキッチンに突っ立ってぼーっとしていることが多いというフィルくん。

あの夜のことを思い出しては、誘拐グループをキッチンにあるナイフで何度も刺すところを想像するフィルくん。

彼に笑顔が戻ったのは、トムが見た限り、事件から一週間以上たってからだった。

彼が病院以外の場所に初めて出かけたのは、トムの家だった。トムとヘレンと三人で、お持ち帰りカレーを食べるため(フィルくん、ヘレンとも普通に仲良しらしい)。まだ家から遠くに出かけるのは怖いフィルくんのために、近所住まいのソーン家に集まることになったらしい。

監禁中のフィルくんがずっと食べたいと思っていたのは、ベンガルランサーの料理だった。トムの自宅からすぐ近くにあるインド料理のお店である。

The Bengal Lancer - Curry Kings Since 1980

今度ロンドンに行ったら訪れたい!!

カレーを食べてビールを飲んで、普通の話をして。

最後にトムは、黙ってフィルくんを抱きしめる。包帯に触れないよう気をつけながら。

フィルくんも黙ってそれを受け止めて、頷きを返す。

「ごめんね」のハグと「いいんだ」の頷きである。

うっ……本当に! 二人が無事でよかった!!!

 

さてずっとトムが持っていたフィルくんの皮膚だが、移植には使えないということがわかり、本人に返すことにしたらしい。いや返してもらっても……と思ったのだが、フィルくんはそうは考えなかった。

皮膚が回復したら、これを持ってタトゥー屋に行き、同じのを彫ってもらうよ! とのこと。フィルくん、強い……。タトゥー屋さんもドン引きなのでは……。

でもなんというか、今回の話、フィルくんの強さがすごくかっこよかった。痛くても怖くても、病理学者として思考し続け、生きるための方法を考え続ける強さ。半分は自分を勇気づけるための言葉だったのだろうけど、本当は不安でいっぱいだったのだろうけど、見張りの前では涙も見せず泣き事も言わなかったフィルくん。

切り取られた自分の皮膚に視線を落としながら彼は言う。

「お前の友達でいると常にケツが痛いってことはわかってたけどさ、これは本当にどうかしてるよね……」

それでも友達でいることはやめないフィルくん……。そういうのがね! ニックリンは大好物なんだからね!! またターゲットにされちゃうから気をつけて!!!

 

肉体的にも精神的にも大きなダメージを負ったフィルくんだが、トムもダメージを受けていた。

彼は今回、選択をした。

ジェンクスか、フィルか。

殺人鬼の脱獄を防ぐか、親友を救うか。

あのときニックリンの指示を無視して電話をかけに行き、ヘリを呼んでいれば、ジェンクスは助かったかもしれない。その時点でまだ息はあったのだから。ニックリンの脱獄も防げただろう。

トムはフィルくんの命を選んだ。

ジェンクスはそのまま亡くなった。

ニックリンは逃げた。

トムは「選んだ」ことを誰にも言えていない。

ジェンクスがまだ生きているのを知ったあとで教会に走ったことを。

あの晩したことはフィルの命を助けるためだったということで、警察は一応納得しているらしい。トムはクビにもならなかった。

でもトムにとってこのことは大きな傷になっている。きっとこの先もずっと。

そういうのもね! ニックリンは大好物だからね!! トムが思い悩み続けるのを想像して興奮するような奴だからね!!!

 

普段は書かないようにしているあらすじまで書いたせいで過去最長記事になった気がするが、それくらい興奮した(わたしもニックリン側の人間か……)ということで。

この記事を読んでやっぱり買おう! と思ってくれる人がいたらわたしは嬉しい。あ、トムのパートはめちゃくちゃぐだぐだになるので、ニックリンと絡むところ以外は飛ばしてもいいです。なんで島に着いてから採掘許可がないとか言われてんだよ、ペーパーワークはすませてから来いよ!!

わたしはこの続きが気になるのでそのまま13巻 Time of Death を読み始めた。面白いといいな!

 

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