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こわがりねこちゃんの決断「刑事トム・ソーン」原作2巻 "Scaredy Cat" ネタバレ感想

本日も「刑事トム・ソーン」シリーズの原作 Scaredy Cat の感想。

これはドラマ版トム・ソーンS2「臆病な殺人者」の原作。なおドラマ版の原題は "Scaredycat" だが、原作は "Scaredy Cat" である。

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ドラマ版を先に見た人にとっては驚愕の展開が続く原作であった。

先に読んだS1原作「グッナイ、スリーピーヘッド」(邦訳が出ている)もドラマ版とは犯人が違ったり、15年前の事件の経緯が違ったりしていたが、こっちもかなりの魔改造ぶり。

正直に言って、話の筋だけ見ると個人的には原作の方が面白かった。ドラマ版キャストでこれが見たかった~! というシーンも多かった。そしてドラマ版S2ではフィルくん以外のキャラの好感度がうなぎ下がりだったわけだが、原作ではそこまででもない。あとトゥアンは影も形も登場しない。

ドラマ版を見た人こそこれを読んでびっくりしてほしい。

以下は犯人に関するネタバレあり感想。犯人の正体に関するネタバレは一応避ける。ドラマ版を見ているのを前提で書いているため、ドラマ版は全部ネタバレあり。

 

 

 

ドラマ版と逆のストーリー

わたしが最初に原語で読んだ原作は12巻 The Bones Beneath なのだが、その感想で書いたとおり、12巻にはステュアート・ニックリンが登場する。

つまり原作ではニックリンは死んでいないのである。それどころか Scaredy Cat の主犯はニックリンである。

このステュアート・アンソニー・ニックリンというキャラが大変すばらしい。ぜひエイダン・ギレンで見たいタイプのサイコパスである。要するに高度なマニピュレイター、人を思い通りに操るタイプのサイコパスだ。

彼がマーティン・パルマーを操って起こしたのが今回の事件。つまり「犯人」はちゃんと二人いる。

作中には二人の過去の回想もある。学校でいじめられていたパルマーをニックリンが助けるという出会いのシーンから始まり、ケイトとの出会い、ニックリンがパルマーをたきつけて起こした暴力事件(例のいじめっこを二人でやっつけたわけだが、やっつけ方が過剰だった)、退学になる二人……。

パルマーは事件を起こすたびにケイトに向かって謝り続ける。原作ではケイトは生きているのかと思いきや、きっちりニックリンに殺されていた。動機は不明。

ニックリンの動機が最初から最後まで一切語られないのが最高にいい。"The Bones Beneath" でもそこに痺れたわけだが、2003年からビリンガム先生はこうだったんだなあ。

ただし退学になり(12巻によればこの間に矯正施設に送られてサイモンくんを殺したあと脱走して)、浮浪者になり(物乞いも上手いニックリンである)、ある日急に「新しい自分に生まれ変わるんだ!」と決意して名前も過去も捨てた彼が、パルマーの写真だけはずっと持ち続けている。

ドラマ版と同じくパルマーは警察に自首してくるわけだが、その際ニックリンはそこまで動揺を見せない。また一人遊びに戻るかと思っているだけである。だがやはりパルマーには何らかの執着があったように思える。

トムのもとから脱走したパルマーと再会するとき、それが少しだけ垣間見えるような、見えないような。

 

こわがりねこちゃんの決断

マーティン・パルマーのキャラもドラマ版とは少し違う。

彼はカレンを愛しているし、ニックリンのことも愛している。トムに向かってはっきりそう言うのだ。

パルマーはニックリンのことが怖くてたまらない。でも彼が殺人に及ぶのは、ニックリンに脅されたから、彼が怖いから、だけではないと思うのだ。ニックリンが彼を求めてくれたのが嬉しかったのではないだろうか。

自分を救ってくれたニックリンに恩を感じているだけでもない。カレンが行方不明になったときの秘密(パルマーは自分が原因だと思っており、ニックリンはそのことを周囲に黙っていてくれているということになっている。実際はカレンはニックリンに殺されているわけだが)を共有している「共犯者」的仲間意識があるというわけでもない。

二人の関係は、ある種の共依存のようにも思える。

 

"Scaredy Cat"、こわがりねこちゃんとはパルマーのことだ。これはマーティン・パルマーの物語だ。

子供の頃から恐怖に支配されてきた彼が、恐怖とともに生きてきた彼が、恐怖のあまり人を殺し、恐怖のあまり友を裏切り、恐怖のあまり警察からも脱走し、そして恐怖のあまりこの世から去る。そういう話だ。

パルマーはニックリンと再会した際、「恐怖の味」に言及する。パルマーによれば、「恐怖の味」とは「自分の副腎の味」で、「アルミ箔を噛むような感じ」で、「アドレナリンに含まれる化学物質」の味らしい。

ひょっとすると、彼はその味が好きだったのかもしれない。アドレナリン中毒のようなものだったのかもしれない。ニックリンがパルマーの写真を捨てられなかったように、パルマーは恐怖の味から離れられなかったのかもしれない。

そうして彼は、最大の恐怖を味わいながらニックリンの目の前で死んでみせる。

自殺だった。

12巻を読んでニックリンの生存とパルマーの死を先に知っていたわたしは、てっきりニックリンがパルマーを殺したものだと思っていた。だが違った。パルマーは自分で死を選んだ。

パルマーの性格では捕まっても刑務所で生き延びることはできそうにないと思ったからか……とトムは推測している(実際、パルマーに刑務所のことを聞かれて、トムはそのあたりのことを正直に話していた)。

でもきっと、それだけではない。

死を前にした恐怖の味を、味わえるうちに味わってみたかったから。

それに、ニックリンの目の前で死ぬことで、彼の中で自分を永遠の存在にしたかったから。

そういうことではないかなあと思っている。

結局パルマーも、肝心なことは何も語らず死んでしまったから、正確なところはわからないのだが。いや、そこがこの作品のすばらしいところでもある。

そしてトムとともにパルマーに銃を突きつけられていたニックリンは、その銃でパルマーが自殺すると「おめでとう! 生き延びたね、ソーン!」とトムに向かってにっこりするのだ。ああもう、きみは本当に最高だな。

 

フィル・ヘンドリクスの苦悩

ところでわたしがこの原作を読んでいるのは、ひとえにゲイの病理学者フィル・ヘンドリクス(顔と体と声がエイダン・ギレン)のためである。いや、この "Scaredy Cat" を読んで物語自体も面白いシリーズだと思い始めたのだが、ともかくメインのお目当てはフィルくんである。

今回もフィルくんは、床まで届く長さの黒のレザーコートにニット帽というパンチの効いた格好でトムの家に遊びに来る。ちなみにかばんはブルーのストライプ柄で、中身はビールである。

「スリーピーヘッド」でゲイであることをトムに明かしたフィルくんだが、この話の中では彼氏とけんかしたことが語られる。

まずこの彼氏、名前がブレンダンである。

ブレンダンといえば、ドラマ「IDクライム」でエイダン・ギレンの演じたキャラの名前ではないか。どうしても同じ顔のカップルを想像してしまう。

「IDクライム」は日本語版のDVDもあるしレンタルもされているので「刑事トム・ソーン」よりも手を出しやすい。

ブレンダンはフィルくんの検死の仕事に反対らしい。深夜に事件現場に呼び出されて検死する場面があったから、それが直接の原因だったのかもしれない。

フィルくんはブレンダンに言われたことだけを気にしているのではなかった。人に何を言われたって気にしない、それをはねのける方法なら知ってると語るフィルくん。マンチェスターで暮らす10代の頃からカムアウトしていた彼は、子供の頃から心ない言葉を浴びることもあったのだろう。だがそういう言葉をはねのけるだけの強さを、彼はすでに身につけていた。フィルくんが気にしているのはもっと別のことだった。

死体を切り刻み、脳やら内臓やらを取り出して日々を過ごすことによって、「死のかけらが自分の上に降り積もっていく感じ」がすると話すフィルくん。普段は目には見えないけれど、紫外線をあてたりルミノール液をかけたりすると見えるようなものなんだ、という説明がなんともフィルくんらしい。

この仕事を続けられるかわかんない、と打ち明けるフィルくんに、トムは言葉を失うのだった。

「彼にべたべたしないようにしてたし、そっけなくならないようにしてたし、本当に……今回は頑張ってたんだよ、トム、知ってるよね」

電話の向こうでそんなふうに言うフィルくんに、トムは「相談相手を完璧に間違ってるってことは忘れないでほしいんだが」と前置きして(自覚あったんか)、「お前が間違ったとしたら、頑張りすぎたことだよ」と答えた。

うん、本当にね、もうトムとフィルが付き合うのがいちばんいいだろうと思わせてくれるわけだけど、なかなかそううまくもいかず、難しいね……。

実はこの後、フィルくんはブレンダンと寄りを戻したらしい。だがブレンダンは家族にもカムアウトしておらず、家に居場所がないからフィルくんのところに戻ってきただけなのだと、フィルくんはわかっている。ブレンダンにクリスマスプレゼントをあげたけれど、関係はぎくしゃくしたまま。

事件解決後にトムの家でサッカーを見るフィルくんは、「ブレンダンから電話があっても俺はいないって言ってね」とトムにお願いしている。

いや、すでに13巻を読んでいるわたしは、結局フィルくんは数年後、けんかの末にブレンダンと別れ、さらに数年後に素敵な男性と出会うことを知っている。それでもこのくだりを読むのはつらかった。ビリンガム先生、どうかフィルくんを幸せにしてあげてください!!

 

さて現在わたしは最新刊であるところの14巻 Love Like Blood を読んでいるわけだが、あと2週間で次の新刊、The Killing Habit が発売になる。フィルくんの恋の行く末はどうなるのか、そしてニックリンの再登場はあるのか、とても楽しみだ!!

 

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