読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

なぜ面白いのか

見たもの触れたものを保存しておく場所

「サイコ」の影を楽しみつつ「ベイツモーテル」S1感想

海外ドラマ Bate's Motel

「ゲームオブスローンズ」S5ショックから立ち直れないまま、本日の通勤のおともは「ダウントンアビー」S4。

余計に欝々しそうなチョイスである。

 

今日の記事は「ゲームオブスローンズ」S5公開までに見ていた「ベイツモーテル」S1について。

日本でこのドラマを見ている人で「サイコ」を見てない人がどれだけいるのか不明だが、ともかく関連作品を先に貼っておく。

 

 

 「ベイツモーテル」は単独で見ても理解できるように作られているが、やはり「サイコ」を見た人のための仕掛けがいろいろと存在するため、先に映画を見てからの方がより楽しめるだろう。

ドラマS1全体の印象は、元ネタへの愛と敬意をしっかり感じられる良質な二次創作といった感じ。目指すべきものがきちんと形になっていて好感触。

 

ちなみにわたしが選ぶヒッチコック映画ベスト3は、

  1. 裏窓(シナリオと撮影方法ががっちりかみ合ってて最高)
  2. めまい(構成の妙のおかげでいろいろ解釈できて楽しい)
  3. ハリーの災難(シチュエーションがあまりにわたし好み)

である。

その次が「サイコ」「鳥」「ロープ」あたり。

 

このドラマはこんな人におすすめ

映画「サイコ」を見た人

ていうかヒッチコックファン

映画「チャーリーとチョコレート工場」を見た人

精神的に危うい状態にある青年を見守りたい人

 

こんな人は注意

流血が苦手(グロあり)

ヒステリックな母親の言動にイラっとしそうな人

 

以下はネタバレあり。

 

 

ノーマ・ベイツが無理

いきなりアレな感想だが、ここまで「無理!」と思わされたキャラクターは自分史上でも数少ない。

スカイラー・ホワイトやサーセイ・ラニスター、キャトリン・スタークなど視聴者のヘイトを集めそうな女性キャラに対して、これまではそれほど嫌悪感を持つことがなかった(むしろサーセイは好きだ)。

 

が、ノーマは無理だった。

彼女の言動が苦手すぎて、途中で視聴を中断したくらいだ。

もちろん最終的に「サイコ」のノーマン・ベイツ(とノーマ・ベイツ)を完成させなければならないので、ノーマが普通の母親では話が成り立たないとはわかっている。

しかし彼女の言動は、どういうわけかこれまでになくわたしを苛立たせた。

 

その理由を少し考えてみた。

無自覚な性的アピールが無理

ノーマは作中で「美しい母親」として描かれている。そして今のところ周囲からは「ちょっと押しが強いけど頑張っている母親」みたいな評価になっている。

確かに女優さんはきれいだ。

だがどうしても彼女の性的アピールは受け付けられない。

既婚女性の性的アピール自体に対する拒否反応というわけではない。スカイラーやサーセイなど、自分に性的魅力があることを知っていてそれを積極的に利用するキャラはむしろ好きだ。

ノーマも自分に性的魅力があることを無意識のうちに理解している。だがそれに対して無自覚か、もしくは無自覚な部分がある。

たぶん、わたしが苦手だと感じるのはその「無自覚」な部分だ。もはや少女とは言えない年齢で、実際に子供を守るべき立場の人間が少女のような言動をとるのはどうしても抵抗がある。

 

強すぎる依存心が無理

息子への依存心も度を越していると思うが、彼女に対して苛立つのは「依存できるなら誰でもいい」という露骨な態度だ。

ザックが好意を寄せていることを察知するや否やアピールし、彼に依存し始める。自分にかかった容疑を晴らすために利用するだけではなく、精神的にもかなりよりかかっているように見えた。

ザックが死んだ後はディランに依存しそうな様子を見せる。それまであれほど冷たくしていたのに、頼りになることがわかると媚を売り始める。

自分の依存体質についても、彼女はほとんど無自覚だと思われる。

息をするように次々と、目の前にいる中で最も頼りになる男性に依存する。もちろん最も依存度が大きいのは息子である。

自分の性質を自覚した上で相手を利用してやろうと近づく女性であればむしろ楽しく見守れるのだが、ノーマのようなタイプは苦手である。

 

これらが否定的に描かれていない

「肯定的」といえるほどではないのだが、それでもかなりノーマに寄り添った描かれ方になっている。

しかも今のところいろいろやらかしている割に、報いらしい報いもない。

最終的に息子に殺されるであろうことはほぼ確定事項だから、それを含んだ上で見るべきなのだろう。

今が「幸せ」に描かれるほど、将来起こるであろう惨事とのギャップが強烈になるのだから。

 

ノーマ・ベイツ受容法

わたしのように「ストーリーは気になるし『ノーマン・ベイツ』完成の瞬間を見たいけどノーマが無理すぎる」という視聴者以外にはあまり意味のない記事になりつつあるが、ともかくできるだけ楽しんでストーリーを追いたいので、彼女の性質を受容していると思われる人の感想などをいろいろ読み漁った。

結果、ノーマのパートはギャグとして見れば良いという結論に至った。

悲惨な現実と向き合うために有効な手段は、常にユーモアである。

……というほどの話でもないのだが、ともかくノーマに寄り添いすぎず、あのヒステリックな言動からは少し距離をとって、「今回は何をやらかしてくれるのか」というつもりで見ていけばいいようだ。

これに気づいてからはかなり気楽にドラマを楽しめるようになった。

S1後半は話も加速してきて、純粋にストーリーに引き込まれだしたおかげで一気に見ることができた。

しかし面白さが最大限まで高まったところでS2に続くとはどういう了見か。いや、それが正しいのか。

 

町がやばすぎる

ドラマを見た誰もが感じたことだろうが、あえてここでも書かせてほしい。

あの町はやばすぎる。

町ぐるみで麻薬売買にかかわっていて、保安官がむしろ悪の元締めみたいな状態で、その他の一般人も麻薬絡みで殺されたり、そうでない人も情緒不安定だったり、とにかくまともな人が出てこない。

ノーマは引っ越そうと決めたときにネットでアメリカ各地の治安状況について調べていたが、あれを先にやっておくべきだった。

人生をやりなおすつもりならば、引っ越し先の場所選びは慎重に行うべきである(教訓)。

 

「サイコ」の影

作中には映画「サイコ」を思わせる場面がたくさんある。

「サイコ2」以降を見ていないわたしには、あのベイツモーテルがカラーになっているところを見るだけでいろいろ複雑だった。

白黒の思い出のまま保存しておきたい気持ちと、新鮮な驚きが混在していた。今ではすっかりカラーの世界に慣れたのだが。

 

先日映画「サイコ」も見直したところ(huluに「サイコ」があるのは素晴らしい。なぜ「ベイツ・モーテル」S1最終話から「サイコ」に自動ジャンプしないのか)、ノーマンの「mother!」の言い方が「サイコ」と「ベイツモーテル」でまったく同じなことに驚いた。

もちろん中の人が映画「サイコ」に似せて演じているのだろうが、声のトーンまで似すぎである。

 

ノーマンが犬の剥製を作ると言いだしたシーンはぞくっとした。

剥製職人のおじさんの見解(ちゃんとした趣味だし、子供がせっかく興味を示したのなら挑戦させてほしい云々)が挿入されたのは、現代らしいバランス感覚。

映画の中で、モーテルの事務室に飾られた鳥の剥製たちは非常に暗示的だった。

ドラマのノーマンはまだ鳥に対して特別な執着を見せていないが、これから興味が移っていくのだろうか?

 

映画「サイコ」の音楽は弦楽器のみで作られている。

映画音楽としてはかなり珍しいと思われる。

「ベイツモーテル」には現代らしくいろいろな音楽が使われているが、心象風景を表す背景音楽は主に弦楽器でまとめられており、これも「サイコ」の演出を思わせる。

「サイコ」の音楽が好きすぎるので「ベイツモーテル」でも弦楽器縛りを徹底してほしかったのだが、ディスコなどが出てくる世界観では仕方がない。

 

ちなみに「サイコ」の音楽について言うと、シャワーシーンのヴァイオリンの悲鳴が有名な一方で、わたしはオープニングクレジットにも使われているマリオンの焦りのテーマが好きだ。

www.youtube.com

古畑任三郎のオープニングはこれが元ネタなのだろうか?)

 

この音楽も「サイコ」のフェイクの仕掛けの一貫になっている。

観客にこの話は「お金を持ち逃げしたマリオンがどう逃げるか」を主軸としたサスペンスですよ! と嘘のアピールをするための曲だ。

が、このオープニングのひび割れる文字や独特の不協和音は、「普通のサスペンス」としては不穏である。この曲の真の意味を理解するとき、観客はヴァイオリンとともに悲鳴をあげることになる。

 

まとめ

感想の半分がノーマへの言及になってしまった。

わたしがキャラクターに対して積極的に「嫌い!」とか「苦手!」と思うのは非常に珍しいため、なぜそう感じたのか考えてみたくなった、ということにしておく。

でもおそらく、わたしが「苦手」と感じる部分こそにキャラクターの魅力を感じる人もいるだろう。

それだけ強い個性を持ったキャラであることは間違いない。

ストーリーは先が気になる終わり方だったので、続きが配信され次第見るつもりだ。

ssayu.hatenablog.com