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ペトロルヘッドの悲哀「クリミナルマインド」感想02

Criminal Minds 海外ドラマ

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トップギア」ファンならわかるだろう、最初の場面から引き込まれた理由はこれだ。

 

「クリミナルマインド」をいろいろ見てきたが、現状の私的ベストエピソードは、4-11「ありふれた狂気」である。

以下「トップギア」ファンが好き放題言う感想。ネタバレあり。

 

ペトロルヘッドの悲哀

冒頭に現れたネクタイ、なんというかわいらしさだろうか。

ミニとかビートルとか……コンバーチブルが何なのかわたしにはわからないが、とにかくこのネクタイがほしい。店で見つけたら絶対に買って帰るし、こんなネクタイをしている人がいたらどこで買ったか尋ねるし、好感度がうなぎのぼりだ。

しかし残念ながらわたしのような人間が少数派であることも、わたしはわかっている。

わたしは今でこそ「トップギア」のおかげで車とそれを取り巻く文化に興味を持ち、ここでもあれこれ情報を追いかけてはメモをとっているが、それ以前は車に対してほとんど何も知らず、興味もなかった。

気の毒なことに、このネクタイの持ち主のまわりの人々も、車に興味はないようである。

この場面、字幕を見るまでもなく、奥様の disappointed を絵に描いたような表情から、いかに彼の趣味が理解されていないかわかる。

トップギア」でジェレミー・クラークソンも言っていたとおり、「ペトロルヘッド(アメリカではギアヘッドというらしい。いわゆる車オタクのこと)はうざがられる」のである。

ジェレミーたちと、この男ノーマンの違いは、その悲しい事実を受け入れられるかどうかという点だ。ジェレミーたちは受け入れた上で笑いに変え、極上のエンターテイメントを作り出した。ノーマンは受け入れられていない。そのことが、冒頭の短いシーンで伝わってくる。

 

しかしこの残念なペトロルヘッドの愛おしいこと。彼のコレクションを見よ。棚のいちばん目立つところにあるのはアストンマーティンDB5(007「ゴールドフィンガー」でのボンドカー)。かっこいい。あの模型ほしい。

模型についた埃を刷毛で丁寧に払うあたり、ジェームズ・メイを連想せずにはいられないではないか。

もうこの時点でノーマンへの共感は100%である。

しかしこの模型のある部屋、すぐそばに洗濯機が置いてあったりする。どうやらガレージのようなところらしい。ジェームズなら「ガレージは男の遊び場」と言いそうだが、ノーマンの場合は単にリビングに居場所がなく、ガレージに押しやられた感がある。

 

さてこの最初のシーンを見た時点で、フラストレーションのたまった夫が妻を殺すタイプの事件であろうと誰もが予想する。「刑事コロンボ」時代からの伝統である。

しかし、話はそうシンプルではなかった。

 

ペトロルヘッドの覚醒

場面が変わり移動シーン。ノーマンの車がマナーの悪い車に割り込まれ、一言文句を言おうとするも言い出せず、ついに切れて銃を取り出す。吹っ飛ぶ車。おお、ドラマにしては結構な予算。しかしせっかくいい吹っ飛び方をしているのに、カメラが三台(正面、サイド、フェンスの向こう)しかいないところに不満を感じてしまう(「トップギア」なら今の数秒にカメラを十台以上用意するぞ!)。もっとかっこよく車を撮ってあげてほしい。

ともかく、車を吹っ飛ばした後のノーマンの表情が実にいい顔である。クソ車を吹っ飛ばすのって気持ちいいよね!

……と、「トップギア」ではよくあるシーンだったので軽く流しそうになるが、これは「クリミナルマインド」。乗っていたのがジェームズであれば「anyway」の一言で復活するが、この世界ではそういうわけにはいかない。乗っていた女性は下半身不随になってしまった。

「ロードウォリアー」の誕生である(なんというネーミング……)。

 

さてノーマンの持っていた銃だが、あれは本来どのような意図で持っていたのだろうか。プレゼント用にラッピングされた箱に入っていたことから、おそらくパーティに持っていこうとしていたものと思われる。つまり本来の犯行計画は、パーティで銃を乱射し妻(と同僚も?)を殺すというものだっただろう。

しかしそうはならなかった。

道路上で銃をぶっぱなし、車とドライバーを吹っ飛ばしたことが思いのほか爽快だったのである。妻への殺意が一時的にでも抑えられるほどに。

もしかするとノーマンのことだから、パーティに銃を持ち込んでも犯行に踏み切れなかった可能性もあるのではなかろうか。彼が銃をぶっぱなせたのは、道路上、車の中だったからだったのかもしれない。それこそ007の登場人物になりきったことで引き金を引けたのかもしれない。

そのことが彼を決定的に壊してしまった。

 

ロードウォリアーのカーチェイス

この話の後半の見どころは、「クリミナルマインド」には珍しいカーチェイスのシーン。やはりカメラが少ないしそもそも車も少ないのは気になるが、映画ではないのだし仕方ない。

このシーンで面白いのは、ノーマンの妻子とノーマンが同じフレームに映らないこと。

最後まで見た人ならわかるとおり、ノーマンの妻子は実際には既に死んでおり、ここで映っているのはノーマンの妄想世界。だからノーマンの映るシーンが現実で、妻子の映るシーンは妄想。そこがきっちり分けられている。

最初に見たときは画面の構図がワンパターンなまま続くなあと思っていたのだが、ある意味仕方ない。車内のシーンはノーマンを背後・助手席側から撮るカメラと、妻を運転席側から撮るものと、子供たちを横から撮るものと、妻子をまとめて前から撮るもの、合計五台。これらのカメラはほとんど視点を変えない(変えられない)ため、ワンパターンな構図が続いてしまう。普通なら見せ場でそんなことはしないはずだが、あえてそうしたのは、妄想世界と現実とを並行させつつもきっちり分けて表現するためだろう。

「クリミナルマインド」には以前も妄想世界を現実かのように見せかけて表現したことがあった。1-9「テキサス列車ジャック」である。あの話も面白かった(犯人が「ザ・ワイヤー」のフランク・ソボトカだし!)が、こちらのエピソードの方がより洗練されている。

 

ネタばらし

「テキサス列車ジャック」では、ギデオンたちの見る画面に男が映ってなかったりしたためすぐに妄想を見ているとわかったのだが、こちらでは最後にホッチたちが家に入るまで真相に気づかなかった。もう完全に映像にだまされた。リビングに入るなり顔をしかめて鼻を覆う仕草をしたホッチたちを見て、いろいろ察してぞっとしたし、きれいにだましてくれたことが嬉しかった。

しかしペトロルヘッドがよりによって自動車事故で娘を亡くすとは、あまりにも皮肉であまりにも悲しい。アイデンティティも世界観も揺らいでしまってもおかしくない。

悲しくはあったが、細部までよく練られたエピソードであった。

 

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